二書同時発売の意図するもの
                                                 
2006年7月20日
株式会社小島衣料  小島 正憲

「中国はいかにチベットを侵略したか」  マイケル・ダナム著、山際素男訳
                                    (以下「チベット侵略」と記す)
「中国は日本を併合する」          平松茂雄著    (以下「日本併合」と記す)



 2006年3月15日、講談社インターナショナル株式会社から、表記題名の二書が同時に発売となった。当日、どの小売書店の棚にも、この二書が並べてうず高く積まれた。驚いたことには、この二書の装丁が字体も体裁もまったく同様であり、この陳列方法が一般来店者の目に、一対の本という印象を与えていたことである。もちろん発売元の講談I社は、相乗効果で売り上げ倍増を狙って、このような体裁で同時出版したものと思われるし、また取り扱い小売書店も、その作戦に乗ってこの二書を並べて陳列したのであろう。
 しかしながら、この二書の体裁と店頭での陳列方法は、一般来店者に、まず「チベット侵略」という書名で≪侵略者としての中国≫を印象付け、さらに「日本併合」という書名で、≪今にも中国が日本を侵略し、併合するのではないか≫という感情を抱かせた。つまりこの二書の同時販売は、売れ行き増進を狙った出版社や小売書店のそのような思惑とは関係なく、多くの一般来店者に、「中国脅威論」を植え付けるのに十分な効果を発揮した。その上、それぞれの本の帯にはその概略が大書されており、本を手に取らなくても、自然にそれらが目に飛び込んでくるように工夫してあった。それを一瞥した多くの一般来店者の脳裏には、さらに深く、≪中国がチベットを侵略し、この世の地獄にした≫、まさにそのように≪中国が日本併合し、地獄に突き落とす≫とインプットされたにちがいない。参考のために、帯の全文を下記に転載しておく。
  • 「チベット侵略」の帯の文言。  それはさながらこの世の地獄だった
    「初めは友好的に振る舞い、そのうち暴力的になる」中国の侵略の実態。
    既成事実を周到に積み重ね、不条理を条理とする…多くの民衆が、手足を切断され、焼かれ、死んでゆく中  不気味な力に果敢に立ち向かったチベットの戦士たちが伝える警告の書。
  • 「日本を併合」の帯の文言。  櫻井よしこ氏 推薦
    数十年にわたって中国情報を収集、分析した本書は私たちに衝撃の事実を突きつける
    中華大帝国の再現と日本併合を最終目標とする中国の企みの実態、全国民必読の書である。
 「チベット侵略」の書では、1950年代後半からの中共軍のチベット侵攻の状況が、小説風に描かれている。このことの真偽については学者が吟味すべきものであるから、ここでは論及しない。また「日本併合」の方は、論述形式を取っている。ことさらに目新しい論点や主張はないが、その個別の内容については、これまた議論が分かれるところでもあるので、その検討は省かせていただく。ただし、ここではっきりしておきたいことは、「チベット侵略」は50年前の事件であり、「日本併合」は未来の予測である。この二つを50年間の時空を飛び越えて、短絡的に結びつけるのには、かなりの無理があるということである。本来、この二書のように社会性の強い書物は、その内容で勝負すべきものであるし、じっくり本文を読ませ、その論理で読者に迫るべきものである。
本文を読ませずして、感情を煽り、世論をミスリードするようなことがあってはならないはずである。したがって今回の二書同時発売のように、論理を超えて、感覚に訴えるような方法は控えるべきである。少なくとも、発売日を変更するか、体裁を変えるか、そのように工夫することが、言論や出版にたずさわる人間の基本的な道義ではなかろうか。

 仮に、平松氏のように考えたとしても、現実的に、今すぐ中国が日本を併合する可能性はきわめて少ない。常識的に考えて、中国が併合を目指すのなら、まず地理的に近接しているベトナム・ラオス・ミャンマー・インド・モンゴル・ロシア・北朝鮮・台湾などであろう。ことに昨今の資源消費の状況を見ていると、併合するとすれば、北朝鮮かモンゴルであろう。また政治状況から考えると、台湾もその可能性が大である。しかし中国は軽はずみには、その手を使わないであろう。なぜなら中国は、30年前ベトナムに侵攻し、事実上の大敗を喫している。その苦い経験は、50年前のチベット侵略の美酒を帳消しにしてしまっている。そこから中国は、侵略や併合が、きわめて困難なことであるということを学んでいるからである。
 私も中国の日本併合が荒唐無稽なものだと完全否定はしない。数十年後、中国が大国化した場合、ありうる話かもしれない。しかし現実レベルで考えたとき、少なくともこの数年間で起きる事態ではない。したがって国家戦略として考えた場合、いたずらに「中国脅威論」を煽るのではなく、冷静に中国の出方を判断し、その大国主義への展開を未然に防ぐ具体的方策を考案することが得策だと考えている。