ウオッカ>白酒>清酒
                                                 
2006年8月5日
株式会社小島衣料  小島 正憲

 最近、ロシア人とビジネスを行う機会が多くなった。それにともなって、彼らとの宴席も増え、ウオッカという酒にもお目にかかるようになった。このウオッカは凍らせて、ドロドロにして飲むとおいしいのだそうである。私は酒というものは大杯でぐいぐい飲むものだと思っていたので、ロシア人の大男がドロドロのウオッカを小さな杯でちびちび飲む姿を見て、すこし変な感じがした。たしかにあの60度を超える酒を、一気にぐいぐい飲んだらたいへんなのだろう。考えてみれば、中国の白酒も50度を越えるものが多いが、みんな小さな杯で飲んでいる。

 一般に中国人には酒豪が多い。16年前、中国に進出した当初、酒の飲めない私は連夜の宴会に、たいへん困った。酒が飲めないということを告げると、いかにも軽蔑したような目を向けられた。そんなとき私はあたかも男性失格を告げられたような気がして落ち込んだものだった。また合弁相手としては、格不足であるかのように、あからさまにバカにされたこともあった。とにかく仕事の辛さよりも、宴席での乾杯の連続に閉口したものである。
 ところが最近は少し事情が変わってきたようである。中国の政府側の幹部は、あまりにも宴会が多いので、体調をこわす人が続出し、肝臓病・糖尿病予備軍が多くなった結果、上海あたりでは宴会を5時から始め、7時頃には終わってしまい、さっさと家に帰ってしまう人が多くなった。おもしろいのはその宴会の主役が、赤ワインの水割りだということである。水に赤い色がついているだけのグラスで乾杯を続け、それで適当に終わってしまう。白酒など最初から出さない。さすがに酒豪の多い中国人の幹部も健康に注意し、暴飲しなくなったのである。先日、東北のある地方の役所に行ったとき、局長室に入って、そこの片隅にベッドが置いてあるのに気づいた。単純な私は、<ここの局長は非常に働き者で徹夜で仕事をするのにちがいない。あのベッドは仮眠用なのだろう>と思い、局長に聞いてみた。すると彼はニコニコ笑いながら、「あれは酔い覚ましベッドだ」と言った。とくに昼の宴会で酒を飲んだときに使うということだった。その後、ちがう部局に行ったのだが、そこにも同様のベッドがあった。政府の幹部たちは、昼夜連日の宴会で、閉口している様子だった。このような状況は多分、中国の全土の共通象であり、これを機会に、中国人の酒の飲み方が変わってくるのではないかと思う。
 中国人ならずとも、日本人でも中国の地で、酒で失敗する人は多い。私は酒を一滴もたしなまない。したがってどんな宴席でも常に素面なので、そのような日本人の中国での醜態をよく見かけたし、それらを明瞭に覚えている。日本人の酒豪はその自信の故に、清酒のように白酒を飲み、大失敗する例が多い。50度を超える白酒を、中国人と競い合って暴飲し、あげくのはての大失態である。たとえば泥酔した結果、2階のドアと窓を間違えて、階下に落ち、全治3ヵ月の大怪我をした人もいた。何十万円もするローレックスの時計を、気前よく中国人女性にやってしまい、翌朝、落としたのだと思い宴会場を探し回っていた日本人もいた。酔っ払った挙句、わざわざ中国人の耳元へ尻を向け、大きな屁を放ち、一瞬のうちに大型商談をフイにした豪傑日本人もいた。また1年ほどいっしょに仕事をした同僚日本人が、ある日の宴席で泥酔し、「おれはお前がきらいだ」と大声でからんできたことがあった。私は彼とは、それまでずっと仲良く仕事をしていたのでびっくりした。彼の心の奥底には、こんな意識が沈殿していたのである。翌日、彼は普段とまったく変わりない態度で私に接してきたが、私の方にこだわりができてしまい、二人はほどなくして別れることになってしまった。
 こんなに失敗が多いのに、また体を壊してまで、人間はなぜ酒を飲むのだろうか。私はたいへん不思議に思う。たしかに昔から、日本でも「酒を飲んで、肝胆相照らす」という。また男らしいとされるのは、大体、酒豪である。残念ながら、酒が飲めない男にはなよなよした印象がついて回る。もし男らしさが決断力ではかられるとするならば、酒の勢いを借りて決断する男と、借りないで決断する男を比較すれば、軍配は歴然として後者に上がると思うのだが、いかがなものか。また「酒は百薬の長」とも言われる。しかし飲みすぎて病気になる人の方が多いわけだから、結果としてこの格言は有効ではないのではないか。
 イスラム諸国は禁酒を国是としている。私はエジプトに知人がいるし、ヨルダンの工場を指導したこともある。それらの国々では酒は禁止されていた。国民も厳格にそれを守っていた。教祖ムハンマドは酒が人間を狂わす根源であると考え、禁止したのであろう。私は今後、イスラム諸国で仕事をする機会を増やし、酒のない環境での男の生き方やビジネスのあり方を研究してみたいと思っている。
 幸いにも、わが社の幹部には酒豪が多く、私が下戸でも商売には支障をきたさなかった。彼ら幹部は、私の代わりに、酒席で商談をまとめ、中国人酒豪ともわたりあってくれた。このことにはたいへん感謝している。
 しかしながら私は、20代から約40年間、酒を飲めないことへの劣等感にさいなまされてきた。学生時代はそれほどでもなかったが、家業を継ぎ、商談の場に出るようになってからは、たいへんだった。宴席ではあからさまに軽蔑され、はなはだしい場合には、「俺の酒が飲めぬのか」としつこくからまれたこともあった。困り果てて、なんとか飲めるようになろうと、なんども挑戦してみたが無駄だった。たまたま断食修行をして、体質改善をすれば飲めるようになると聞いたので、1週間の断食道場に入ったこともある。しかしやはり酒を飲むことはできなかった。日本人の場合、私のようにまったく飲めない男が一割ほどいるという。これらの人間は体質的に肝臓の機能が弱いようで、これは遺伝的なもので本人の努力では解決できない類のものである。つまり酒が飲めない人は、健常者と比較すれば身体的弱者なのである。それならば、弱者保護の対象になってもよいのではないか。それが現状では男性失格のようにいわれ、軽蔑の対象になっているのである。なぜか、私には納得がいかない。
 私はずっとこの遺伝的体質をうらめしく思ってきた。しかしながら60才を過ぎて、この酒を飲めない体質に感謝できるようになってきた。なぜなら世の酒飲みの多くが、暴飲が原因で体をこわしていくのを目にするようになってきたからである。彼らが病気になり、医者から禁酒を指示され、それに必死に耐えている姿を見ていると、酒を飲まなくてよかったとつくづく思うのである。またもし私が酒を飲める男だったら、きっと歓楽街にのめりこみ誘惑に負け、人生を棒に振っていたことであろう。酒が飲めなかったので、それらの道に迷い込まず、むしろ反対に、ずいぶんお金を節約し、家計を助けたことにもなる。私はタバコもすわないし、賭け事もしない、ゴルフもしない、高級車などのぜいたく品とも無縁であり、いまだに工場の片隅に起居している。私は安上がりの男であった。そんなことを思うとき、最近では、酒の飲めなかった父親が、私にこのような体質を与えてくれたことに深く感謝できるようになった。
 それでも若いときに経験した苦痛と屈辱を思うとき、今度生まれるときは酒が飲める体質で生まれたいと思う。