書から読み抜く中国人の建前と本音
                                                 
2006年8月17日
小島 正憲
 建前 : 劉少奇 「共産党員の修養について」
 本音 : 檀道済 「三十六計」

≪建前≫                                                                                              
 現代中国人は中国共産党によって領導されている。その中国共産党の指導理念は毛沢東思想である。したがって中国人民は、毛沢東思想に忠実であるように装うことを本分としているし、それに反する言動を慎んでいる。つまり中国人民の建前は毛沢東思想である。また共産党は毛沢東思想にのっとり、共産党員に厳しい自己修養を課している。そしてこれが中国人民の行動規範となり、建前となっている。
 毛沢東が著した自己修養論については、もっとも代表的なものとして、長征中に赤軍兵士の略奪暴行を厳しく禁じた「三大規律・八項注意」がある。これは大きな成果を発揮し、共産党の天下取りに貢献した。しかしこれは毛沢東のオリジナルではなく、古くは春秋戦国の時代からある戦術で、近くは明末の鄭成功や清末の洪秀全もこれを採用している。他には、毛沢東選集の中には自己修養について、まとまって論述されている文章は見当たらない。
 周恩来は「私の修養要則」という短文を1934年に発表しているが、他に教科書的なものは記述していない。
 劉少奇は長文の講義録:「共産党員の修養について」を残している。これは共産党員がいかに自分を律せねばならないかを説いたものであり、その後、この精神が現代共産党幹部の道徳となり、行動規範を構成することになった。ちなみにこれは1939年に、延安のマルクス・レーニン学院で講義されたものである。当時延安は毛沢東の専制指導下にあり、この劉少奇の講義も、当然、毛沢東思想を明確に代弁したものである。
 現代の中国共産党員も、党学校でこの劉少奇の自己修養論を手本にした教科書のもと、繰り返し教育をされており、彼らの行動はこれに大きく規制されている。これは共産党幹部の側にすれば、いわば水戸黄門の葵の印籠のようなものであり、一般党員の側にすれば幹部にこれを振りかざされたら平伏を余儀なくされるものである。その意味では、まさに建前なのである。したがってこれを理解せずして、中国共産党員と中国人民の行動を理解することはできない。逆にこれに精通していれば、彼らの態度をこの精神に照らし合わせて、糾弾し是正を求めることも可能である。同時にこの講義録を熟読玩味し、この修養原則にのっとって私たち自らの行動を律してはじめて、中国共産党員や中国人民との真の交流が可能であるといえよう。

 劉少奇 著 「共産党員の修養について」  概略案内
 <目次>
 1.共産党員はなぜ修養しなければならないか
 2.マルクスとレーニンのよき生徒になること
 3.共産党員の修養と大衆の革命的実践
 4.理論学習と思想意識の修養は統一したものである
 5.共産主義の事業は人類の歴史上空前の偉大で困難な事業である
 6.党員個人の利益は無条件に党の利益に従う
 7.党内のあやまった思想意識の例
 8.党内のいろいろなあやまった思想意識にたいする態度
 9.党内のいろいろなあやまった思想意識にたいする態度および党内闘争にたいする態度
 <解説>
 劉少奇はこの講義録において、論理的に共産党員としての生き方を説いている。ことに第6章は圧巻で、毛沢東の言葉を引用して、「共産党員は、いつどこででも、個人の利益を第一位においてはならず、個人の利益を民族と人民大衆の利益にしたがわせるべきである。だから、利己主義、消極的で仕事を怠けること、汚職腐敗、でしゃばり主義などはもっともいやしむべきことである。公平無私で、積極的に努力し、自分を捨てて公に尽くし、一心に仕事に没頭するという精神こそ、尊重すべきものである」と、主張している。
 しかも第7章では、「共産主義の事業における本当の指導者と英雄は、けっして個人主義的指導者と英雄ではなく、けっして自称したり、自慢したりするものではない。指導者と称したり、あるいは自分個人で指導者になろうとする人は、わが党内では指導者になることはできません」と釘をさし、「共産党員は、どんな人がどんな特権をもつことにも根本から反対し、自分はどんな特権的な思想ももってはならないと考え、人民の中で特権的な地位を占めることは、自分にとっては考えられないことであり、一種の侮辱であると考えねばなりません」と、共産党員の特権官僚化を強く戒めている。
 そして、「共産党員は、党内や人民の間では、人に先がけて苦しみをなめ、人におくれて恩恵を受け、ほかの人と報いられることの優劣を比べるのではなく、革命の活動が多いか少ないかということや、苦労して奮闘する精神を比較すべきである」と、結んでいる。


≪本音≫
 現代中国はケ小平の改革解放以来、資本主義への道をまっしぐらに走っている。もともと中国人は商の民族といわれ、潜在意識の中には金銭至上主義つまり資本主義思想が色濃く刷り込まれている。その中国商人の代表は華僑である。華僑の間には「三十六計」が父子相伝されており、これが金儲けのための教科書となっている。儒教などは為政者や教養人のための思想であり、底辺で生きる商人や庶民には無縁である。華僑のあの旺盛な商売精神は、間違いなく「三十六計」によって育まれたものであり、それが本音を構成している。そして中国人の本音としての「三十六計」が、ケ小平の先富論により、野に放たれ、経済大躍進の力の根源になったというわけである。
 この「三十六計」をめぐって、私にはいろいろな体験がある。10年ほど前、私が香港華僑の自宅を訪ねたとき、彼が息子たちに教えていたのがこの「三十六計」であった。彼らは円卓を囲んで、これを音読していた。その後、私も日本語版の「三十六計」を買い求め、ときどき読むようにしていた。そんなあるとき、私が合弁工場の私の事務室でこれを開いていると、部屋に入ってきた合弁相手の中国人がこの本の表紙を見ただけで、一瞬顔をこわばらせて、「小島社長は合弁を解散するつもりか」と詰問してきたことがあった。またある知人の話によれば、中国の愛人との待ち合わせ場所で、この本を読んで待っていたら、遅れて駆けつけた彼女が、この本を見るなり血相を変え、「あなたは私と別れる気か」と大声で叫んだという。これらは最終章の「走為上」を知った上での態度である。ことほど左様にこの本は、中国人の心中に深く根ざしているのである。
 「三十六計」は、北宋時代の檀道斉によって著されたといわれ、以降、庶民の間で延々と読み継がれてきた。したがってこれは中国人にとっては、わざわざ教えられなくても、すでに体の中に刷り込まれている本音だといえる。日本には古来、武家や商家に家法や家訓の類の書が多く残されているが、いずれも建前に属するものが多く、この手の本音、いわば人だましの手練手管を赤裸々に語っているものはない。だからだまされ上手の日本人でも、「三十六計」を学び、これで武装し、自由自在に操れるようになれば、名うての中国商人を手玉に取ることも可能となる。またこれを体得してはじめて、中国人の本音が理解できるようになり、相手の腹の中を見透かした上で、合弁などの金儲け事業に、手を取り合って邁進することができるようになるのである。
 
 檀道斉 著 「三十六計」   概略案内
 <目次>
 第1部 勝戦の計
   第1計 瞞天過海 人間心理の盲点をつけ
第3計 借刀殺人 友軍を利用せよ
第5計 趁火打劫 内憂外患につけこめ
第2計 囲魏救趙 分散させてから撃て
第4計 以逸待労 主導権を手中にせよ
第6計 声東撃西 敵を錯覚させよ
 第2部 敵戦の計
第7計 無中生有 有るように見せかけよ
第9計 隔岸観火 対岸の火は静観せよ
第11計 李代桃僵 皮を切らせて肉を切れ
第8計 暗渡陳倉 迂回作戦をとれ
第10計 笑裏蔵刀 敵を油断させよ
第12計 順手牽羊 小さなミスにつけこめ
 第3部 攻戦の計
第13計 打草驚蛇 かくれた敵を発見せよ
第15計 調虎離山 敵をおびきだせ
第17計 抛磚引玉 えびで鯛を釣れ
第14計 借屍還魂 なんでも利用せよ
第16計 欲姑縦 捕らえんとすれば放て
第18計 擒賊擒王 将を射んと欲すればま
      ず馬を射よ
 第4部 混戦の計
第19計 釜底抽薪 敵の気勢を削げ
第21計 金蝉脱殻 原形を保って抜け出せ
第23計 遠交近攻 遠くと交わって近くを攻
      めよ
第20計 混水摸魚 混戦につけこめ
第22計 関門捉賊 退路を絶って捕らえよ
第24計 仮途伐 小国の心理につけこめ
 第5部 併戦の計
第25計 倫梁換柱 主力をすりかえよ
第27計 仮痴不癲 鈍牛をよそおえ

第29計 樹上開花 威勢よくみせよ
第26計 指桑罵槐 それとなく警告を発せよ
第28計 上屋抽梯 二階に上らせて梯子を             はずせ
第30計 反客為主 主客転倒せよ
 第6部 敗戦の計
第31計 美人計 美人を用いよ
第33計 反間計 スパイを利用せよ
第35計 連環計 ダブル作戦を用いよ
第32計 空城計 空城の計をめぐらせ
第34計 苦肉計 苦肉の策をめぐらせ
第36計 走為上 逃げるが上策


<解説>
 「三十六計」は徹頭徹尾だましのテクニックを教えるものであり、いわば詭計の集大成といえるものである。それは目次を一瞥しただけで、だれにでもはっきりわかる。ことに第31計の美人計は日本人男性に対して効果抜群で、最近の事例でも上海総領事館の勤務員や自衛官、果ては某元首相までこれに見事にはめられている。日本を代表するような男性たちでさえこの有様であるから、中国人女性にしてみれば、しがない日本人ビジネスマンや中小企業のオヤジなどをこの手で篭絡するのはわけのないことであろう。くれぐれもこの計に引っかからないようにご注意あれ。
 その他、第23計の遠交近攻策、第32計の空城計などは、日本でもよく使われる策略であるので説明不要であろう。また最終の第36計「走為上」は、「36計逃げるに如かず」と訳され、多くの人によく知られている。これはすべての策略を尽くしても勝ち目のないときは、一目散に逃げることがもっとも肝心だと教えたものである。毛沢東は長征という名の「走為上」を実践し、後に見事に天下を取った。日本の戦国時代にも、織田信長は越前に朝倉義景を攻めたとき、背後の浅井長政の謀反の報に接するや、ただちに単騎で逃げ出した先例がある。これなどは実に見事な「走為上」であり、ここで信長が一瞬たりとも躊躇していたら、その後の歴史は大きく変わっていたであろう。
 私も多くの国で事業を展開してきたが、この方策を利用し、ピンチを切り抜けてきた。ことに韓国・ミャンマーなどでは、最終局面でとにかく工場をうまく売却することができ、するりと逃げ出すことができた。名誉や情実に拘泥し、最後まで現地で経営を続けていたら、損失が莫大なものになっていると同時に、身の安全さえもさだかではなく、結果として本社の経営に甚大な被害をもたらしていたであろう。商売には、損切りの考えがきわめて重要であり、その戦術として「走為上」が重要なのである。ところが一般に日本人はこれが不得意であり、事業継続に最後まで拘泥するあまり、再起不能になってしまうことが多い。中国進出企業の多くの無残な失敗例は、それをよく示している。
 華僑はこの「三十六計」をいかに自分のビジネスに応用するかを考えると同時に、反面教師としていかにこの計に溺れないようにするかを必死に学んでいる。