私は一昨年から、吉林省敦化市の経済顧問となっている。敦化市と言っても、一般の日本人にはなじみが薄く、ピンと来ない都市だと思う。しかし現在ここは、中国でも、もっともホットな地域の一つなのである。なぜならこの地には、旧日本軍の遺棄化学兵器が大量に埋まっており、その処理をめぐって日中双方の政府間で、真剣な議論が続けられてきた経過があるからである。
私はその敦化市の共産党書記から、この地域への企業進出を強く要請されている。しかし残念ながら私の本職の縫製加工業では敦化市に進出するメリットが少ないので、今までそれに応えることができないでいる。それでも、せっかくのお誘いをむげに断るわけにもいかないので、私は自分の本職以外の事業を誘致して、敦化市の経済活性化のために尽力できないかと考えてみた。そのうちの一つが、「木材糖化事業」である。
敦化市には、地元の山林を伐採したり、ロシアの原木を輸入したりして、それを加工する木材業者が大小合わせて800社ある。そこから出る廃材や屑材などから、エタノールを抽出する事業ができないかと考えたわけである。
9月6日、私は敦化市において、「木材糖化事業」のプレゼンテーションを行った。日本から、この分野の研究の第1人者である小川先生と満鉄研究家の安部先生を講師に招来した。中国側からは、敦化市政府の幹部、地元の木材業者とその業界関係者、大学教授や研究者、マスコミ関係者など、合計13名が参加した。小川先生はプロジェクターを駆使して、木材の廃材からエタノールを抽出する技術を詳細に説明された。その後、数人の参加者が興味を示し、質疑応答が行われた。中国側参加者からは、この事業の採算性についての質問が多かった。私たちはこれらに対して、参加者をびっくりさせるような儲け話をすることはできなかった。なぜなら残念ながらこのような資源再利用の事業は、もともと巨額の利益を産み出す事業ではないからである。私たちは環境問題やエネルギー問題の重要性を訴え、巨額の利益は出ないが、今後の中国のために、絶対に必要な事業であると説明した。それでも彼らを乗り気にさせるまでには至らなかった。
会議の終わりごろを見計らって、私たちは試験プラントの導入を提案してみた。小川先生の試算によれば、2千万円ほどの先行投資で済むようなので、それは中国側にも受け入れ可能だと考えたからである。ところがここで難題が出現した。意外にもこの周辺の木材業では、日本とは違って、廃材が農業などで積極的に活用されており、それが少ないことであった。この事業は廃材が大量にあることを前提としており、少ない場合は当然のことながら採算が取れない。しかたがないので、この事業については今後、専門委員会を作って継続審議をしていこうということで散会した。
私は、せっかく共産党書記に期待してもらっていても、最悪の場合、このような事態になることもありうると想定していたので、事前にまったく別の事業?提案をしておいた。敦化市で日本料理店を開業しようというアイディアである。ただしそれは事業というにはおこがましかったので、非公式にこっそり話しておいたのである。私は書記に、「これからこの街に遺棄化学兵器の処理のために、日本の関係者が多く来る予定だから、日本料理屋を開業すればきっと繁盛するとのではないかと思う」と話しかけ、「私は、この地で働く多くの日本人のために、憩いの場を提供したいのです」と付け加えておいた。敦化市共産党書記は、私のこの珍妙な事業提案に、笑いながらOKサインを出してくれた。
本音のところを言うと、私がこの敦化市で日本料理屋をやりたいのには、別の大きな理由がある。この地で、日本人が余計なトラブルに巻き込まれないようにしたいのである。かつて上海のカラオケで、日本人が日本の重要な情報を、その店の中国人女性従業員に漏らして大きな問題になったことがあったが、この地でそんなことが起こらないようにしたいのである。そのために私は、ここに日本人のしっかりした女将を置いて、従業員をきっちり管理させるつもりである。
この日も、私たちが会議を開いたホテルに、20人ほどの日本人が宿泊していた。政府の関係者に聞いてみると、やはり遺棄化学兵器の処理技術者であるという。まだ初期段階なので少ないが、本格的になった場合には100人を超えるのでないかということであった。会議後、私たちは中国側参加者と、そのホテルの食堂で昼食をとった。そこで出された中華料理は、とても油が多く、お世辞にも美味しいとは言えなかった。私は、日本人がここに長期滞在するには、絶対に日本料理屋が必要だと思った。 |
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