14年前、中国に企業進出したとき、私はこの国に借金棒引きという慣習があるのにびっくりした。日本はバブル崩壊直前で、まだ正常な金銭感覚が残っており、<借りたカネは返す>のが常識だったので、中国の実状に触れて本当に驚いた。共産党から派遣されたにわか経営者が銀行から多額の借金をし、放漫経営を行い倒産寸前になっても、その経営者は共産党組織によって更迭されるだけで、一切の責任を取らなかった。次に赴任してくる人間も、さらに借金を重ねることはあっても、事態を改善する力はなかった。そのうち借金にはなんらかの名目がついて、銀行内でうやむやのうちに処理されていった。帳簿の類が全部手書きであり、改ざんも容易であったからである。
最近でも、この悪習がまったくなくなったわけではないが、私営企業の誕生によって、企業経営者は自らの責任において、借金を返済するようになった。銀行も貸し出しについては、企業経営の実態をしっかり吟味をするようになった。しかも最近の新聞では、不動産を担保にしての銀行融資は、原則として禁止になったと報じている。資本主義各国がバブルに酔い、不良債権に苦しんだ姿を見て、反面教師にしているようである。もちろん国営企業などのばく大な不良債権は、依然として中国政府の大きな課題ではあるが、やがて政府指導者が蛮勇と外資導入という錬金術でこれを解決することだろう。
またかつては物を買っても払わない慣習もあった。私は日本人経営者として、はじめはこの異常な悪習に敢然として立ち向かい、買ったら必ず払うことにしていた。そんなあるとき、わが合弁公司に日本製のクーラーを大量に購入することにした。まだ中国製では品質に不安があったので、わざわざ高い日本製を指定して購入した。ほどなくナショナルやら三菱やらのブランドのクーラーが設置され、快適に動いた。その請求書がきたとき、中国人財務担当者は、「1年後しかカネを払わない」といってきた。私は「買ったら払う」のが常識だと主張し、彼を説き伏せ、1カ月後に支払わせた。クーラーはその年は快調に動いた。ところが翌年夏、それらを再び使用開始したとたん、ほとんどが壊れた。すぐに内部を調べてみると、部品のほとんどが中国製の粗悪品だった。私はまんまと一杯食わされたわけであり、財務担当者の1年後払いの方針が正しかったのである。それ以来、私も<買ってもすぐには払わない>という態度に変わった。私だけでなく10年ほど前の中国では、このような体験をした日本人も多く、それが結果として<買ってもカネを払うな>という教訓になって残ったのである。
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しかし最近、中国は大きく変わり始めた。WTOに加盟し、国内市場を開放し、国際ビジネス市場に乗り出していくためには、国内の商売道徳を確立することが重要であるという認識になってきた。中国製品の品質は、わずかの期間にすばらしく向上し、粗悪品は市場から姿を消した。最近では国内外の消費者の目が厳しくなり、最高級品でなければ、売れなくなった。また逆に、<買ってもカネを払わない>などという商売では、これらの最高級のものは手に入らず、結局、ビジネスチャンスを逃がすということがようやくわかってきたようである。
高級品は現金決済で、どんどん売れていくようになった。私の友人で、中国全土の百貨店で婦人服販売の店を60店舗ほど出している人がいる。彼の話によれば、この5年間で代金回収ができなかったことは一度もないという。百貨店の場合、売上はいったん店側が徴収して、2ヵ月後ぐらいに家賃分を引いて支払ってくれる仕組みになっている。彼の店の製品はどこでも非常によく売れているので、どこの百貨店側も彼の店を集客の目玉としており、売上代金を早くきれいに払って、彼の店が他の百貨店に引き抜かれないように、気配りしているようなのである。つまり、当たり前の話なのだが、よく売れる製品ならば、現金決済でOKであり、代金回収に苦労するなどという問題は、まったく発生しないのである。
もちろん輸入であれば、L/C決済であるため、代金回収にまったく問題がない。しかも最近では、それを真似て、国内ビジネスでもL/Cという決済方法が使用されるようになった。販売代金を、銀行の保証小切手でもらうようなものである。また邦銀の一部では売掛債権の買取という手法を使う動きも出てきた。これらの金融手法がおおいに活用されるようになれば、やがて中国でも代金回収は、さほど困難なことではなくなるだろう。
今、中国は外資を呼び込むことに専念している。経営土壌の改善・モラルの向上なくしては、外資の導入はない。その意味で中国は、資本主義のよき常識を取り入れようと努力しはじめている。中国では<買ってもカネを払うな>の常識は過去のものになりつつある。
一方、日本では<借りたカネは返すな>の常識が、まだ当分なくなることはなさそうである。日本は異常な社会からなかなか抜け出すことができないようである。
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