13億の中国で、なぜ、今、人手不足なのか?
                        18.AUG.04
                        小島正憲
  16日付けの日本経済新聞に、「労働力不足 深刻に」という見出しの記事が掲載された。小見出しは、「中国広東省:上海近辺に人材流出」となっており、記事本文では、電機や縫製のような労働集約型企業で、「工場の組み立て工程などで働く従業員の確保が難しくなっている」と書かれている。
  大方の日本人は、この記事について意外に感じ、大きな疑問を持ったことだろう。なぜなら今まで、13億人の中国では労働力が豊富であることが常識であり、たとえ一地方の問題だったとしても、人手不足などまったく考えられないことだったからである。果たして、この記事は真実を伝えているのだろうか。
  さらにもし、この記事が的を射たものならば、すべての中国進出企業が、労働力が潤沢であるということを前提にしているわけだから、その意味で中国経済は前代未聞の異常な事態に突入したと言っても過言ではないし、早急にその戦略を根底から練り直さなければならないのではないか。人手不足という状況は、SARSや電力不足などといった一過性のものとは、比べようもないくらい深刻な事態なのではないか。
  私はこの記事を、真実であると見ている。なぜなら、実は中国に進出した我々の縫製業界では、昨年来、すでに深刻な人手不足に陥っているからである。しかも平均給与を前年対比20%アップにしても、人手不足を解消することはできていない。私はその状況を、他産業への労働力流出が主因だと考えていたが、冒頭の記事のように、電機産業などでも深刻なのであれば、それは見当違いであり、人手不足の実態はかなり広範囲な産業にまで渡っていると考えた方がよさそうである。
  記事中では、その原因を上海周辺への人材流出を上げているが、これは誤りであろう。なぜなら私の工場は、上海に位置しており、そこでも深刻な人手不足に陥っているからである。さらに私は湖北省の片田舎に大型工場を持っているが、そこでも人手不足は同様である。湖北省の同業他社でも事態はかなり深刻であり、身体障害者の大量雇用や、刑務所内の受刑者の利用さえも行なわれようとしている。この事態は、ほんの10数年前の日本での超人手不足の時代を、思い出させるようでさえある。
  昨年来、私はいろいろな場所で、この人手不足状況を話してきたが、あまりにも常識外なので、そのたびに一笑に付されてきた。しかし今回、日経新聞が記事に取り上げたくらいだから、やはり中国各地で、実際にこのような状況が進行していると考えるべきだろう。

  今回、私はこの記事を読んで、この人手不足現象の原因を、改めて次のように考え直してみた。
  今、中国では、究極の脱サラ・起業ブームである。起業家が、中国女性の夫選びの条件の第2位に躍り出たくらいである。中国には家族企業ともいえるような零細企業をはじめとして、多くて100人ぐらいまでの従業員を雇用する企業が、雨後の筍のように生まれている。しかもこれらの企業は、そのほとんどが正式な会社として登録されておらず、モグリの営業を続けている。したがって、ここに採用されている労働者数はどこの統計にも反映されない。まさに、ここに労働者が吸収されてしまっており、大型の工場に人手不足という現象が現れているのではないだろうか。
  この起業ブームはさらに大きな問題を巻き起こすことになるだろう。なぜなら、これらの零細中小企業の起業は一攫千金を狙ったにわか経営者の、ずさんな経営計画ではじめられており、その起業資金は、親族などからかき集めたものと、銀行からの個人借金から成り立っており、基盤がきわめて脆弱だからである。実際にこれらの企業が、設立後、わずかの期間で資金ショートし、破綻する実例を、私はこの数年間で数多く見てきた。銀行の抱えているこの種の不良債権は、現在問題視されている国有企業どころではないのではないか。なにしろそれは不動産などの担保を裏づけとした個人に対する融資なので、銀行内部では優良貸出先に分類されているはずであるから、それがドミノ倒しのように連鎖倒産した場合は、中国経済に大きな打撃を与えるのではないか。
  さらにこのままの人手不足状態が続行した場合、労働者の待遇は一変する。企業にとっては、給与がうなぎ上りとなり、福利厚生にかなりの資金が必要となる。これは高度成長期の日本の人手不足を体験した経営者ならば、だれもがよくわかっていることである。そうなると労働集約型企業は、必ずしも中国が有利とは限らなくなり、早急に、撤退を含めた戦略の見直しが必要となる。

 今、中国の一部で、人手不足という異常な事態が進行している。これは果たして、中国経済大激動の兆候なのだろうか。それとも日経新聞のあの記事は、「がせねた」なのだろうか。