15.APR.08
香港:美朋有限公司 董事長 小島正憲

中国の会社法と労働法

現在、中国の会社法と労働法はねじれ現象を起こしている。

1.会社法の過去と現在

 1991年、私は中国で合弁会社を設立した。最初に中国側から合弁契約書を見せられ、サインを促されたときは、なにしろそれがそれまで見たことのない文書であったため、内容がまったく理解できなかった。だからひとまずサインをしないで、自室に持って帰り、徹夜で合弁会社の契約書と定款をすみからすみまで読んだ。その結果、それらを暗唱できるぐらいになり、内容についてもおおむね理解することができた。それでもそのとき合弁会社への投資者の責任範囲についてだけは、最後までわからなかった。どこを読んでも、有限責任だとは明記してなかったからである。資本主義国の株式会社ならば、投資者はその投資額の範囲内で責任をとるということが常識となっている。つまり最悪倒産という事態になっても、投資額を損するだけで済むようになっており、有限責任ということが会社法で明確に規定されている。ところが当時の合弁契約書や定款の中にはその規定がまったくなかったし、準拠すべき会社法も整備されていなかった。

 だから私は怖くて、この契約書にサインをすることができなかった。無限責任を追及されることになるかもしれないと思ったからである。このときの合弁比率は50対50だったが、董事長および総経理は中国側が取ると主張したので、それを譲らざるを得ず、実質的経営権は中国側の手中にあった。もし中国側が無謀な経営を行い、投資額をはるかに上回る莫大な債務を合弁会社が背負った場合、私はその責任だけを無限に問われ、その債務の返済を迫られるのではないかという恐れを抱いたからである。投資額を丸損するのは仕方がないとしても、中国で借金に追いかけられ、場合によっては刑務所行きという事態はどうしても避けたかったのである。当時、中国では経済犯でも死刑などの重罪が多く、身近にも獄につながれる中国人がいたので、その恐怖は他人事ではなかった。

 すぐに帰国し、当時日本人で唯一の中国弁護士である高橋氏をたずね、契約書を見てもらった。彼はやはり「有限責任だとは言い切れない」と言った。彼がその場で、有限責任を盛り込んだ文面を作成してくれたので、それを日本側からの契約書案として提出した。ところが中国側はそれを拒否した。彼らは「最初に提示した契約書は中国政府で認可されている統一フォームなので、それを使えば許認可が円滑に進み、1か月間ぐらいで合弁会社が設立できる。それ以外の文書を使用すると、許認可に半年ほどかかる」と強く主張した。さらに「どこの合弁会社でも全部このフォームで調印しているのだから問題はない」と言い切った。私は合弁会社設立を急いでいたので、彼らの言葉を信用して契約を交わし、投資に踏み切った。それでもその後、もし無限責任を問われた場合、どのように対応しようかといつもびくびくしていた。

 その後、中国でも会社法が数度の改定を経て、ようやく他の資本主義国のようなものに整ってきた。現在の会社法では株主の有限責任がはっきりと明記されている。資本主義社会の根幹は株式会社制度であり、それは株主の有限責任を根本思想として成立している。だからようやく共産主義中国も、名実共に資本主義中国へと大きく変化してきたといえるのである。

 それでも詳しく中国の会社法を読んでみると、どこか不自然な個所が残っている。まだ共産主義の尻尾を残しているともいえるのではないかと思う。たとえば「株主の権利の濫用禁止」などという条項がある。日本の会社法には見当たらない条項なので、具体的にどのようなことを指すのか、中国人弁護士に聞いてみたところ、「①株主は会社の会計帳簿を閲覧する権利を持っているが、それを利用して会社の商業秘密を窃取する場合、②株主が会社の規定を無視して、会社の資産の売却を経営管理諸層に強制的に命令する場合、などがあり、株主は権利を濫用して会社又は他の株主に対し損害をもたらした場合には、賠償責任を負わなければならない」と、答えが返ってきた。

 また中国の会社法では会社の法定代表になりうる資格が、董事長と総経理の両方に与えられている。したがってどちらが最終的に責任を取るのかがきわめて不明確であると思う。董事長というのは日本の会社法では代表取締役にあたり、総経理は社長にあたると考えてもよいのだが、日本では社長という役職は会社法では規定されておらず、なおかつ代表取締役は社長を兼任することが多いので、最終的責任者は1名であるから問題がない。中国の会社法では董事長と総経理は別人であることが多く、なぜそのように規定されているかを論理的に解明するのは難しい。中国国家の主導権を共産党主席と首相が2人で担っているのと同じ理屈なのかと勘ぐってしまう。

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≪会社法≫ 2005年10月27日改正:2006年1月1日施行
                  ※「中国経済六法」から抜粋
                  日本国際貿易促進協会発行

第3条(法人性、有限責任)
 会社は企業法人であり、独立の法人財産を有し、法人財産権を有する。会社はそのすべての財産を持って会社の債務について責任を負う。
 有限責任会社の株主は、その引き受けた出資額を限度として会社に対して責任を負う。株式会社の株主は、その引き受けた株式を限度として会社に対して責任を負う。

第20条(株主の権利濫用の禁止)
 会社の株主は、法律、行政法規及び会社定款を遵守し、法に従って株主の権利を行使しなければならず、株主の権利を濫用して会社又はその他の株主の利益を損なってはならず、会社法人の独立的地位及び株主の有限責任を濫用して会社の債権者の利益を損なってはならない。
 会社の株主が株主の権利を濫用して会計又はその他の株主に損害をもたらした場合は、法に従い賠償責任を負わなければならない。
 会社の株主が会社法人の独立的地位及び株主の有限責任を濫用して、債務を逃れ、会社の債権者の利益を著しく損なった場合は、会社の債務に対して連帯して責任を負わなければならない。

第21条(支配株主等の地位濫用の禁止)
 会社の支配株主、実質支配者、董事、監事、高級管理職はその関連関係の地位を利用して会社の利益を損なってはならない。

第13条(法定代表者)
 会社の法定代表者は、会社定款の規定に従い、董事長、執行董事、総経理が就任し、かつ法に従い登記する。

第45条(董事会)
 有限責任会社は董事会を設置し、その構成員は3名から13名とする。但し、本法第51条に別途規定する場合を除く。
 董事会には董事長1名を置くものとし、副董事長を置くことができる。董事長、副董事長の選出方法は会社定款により定める。

第50条(総経理の権限)
 有限責任会社には総経理を置くことができ、董事会が任命又は解任を決定する。総経理は董事会に対して責任を負い、次に掲げる権限を行使する。
 ①会社の生産経営管理を主管し、董事会決議を実施する。
 ②会社の年度経営計画と投資案を実施する。
 ③会社の内部管理機構の設置案を実施する。
 ④会社の基本的管理制度を立案する。
 ⑤会社の具体的規則を定める。
 ⑥会社の副総経理、財務責任者の任命又は解任を提案する。
 ⑦董事会が任命又は解任を決定すべき者以外の管理責任者の
  任命又は解任を決定する。
 ⑧董事会により与えられたその他の権限。会社定款に総経理の権
  限について別途規定がある場合はその規定に従う。総経理は董事
  会に列席する。

2.労働法の過去と現在

 中国はかつて共産主義国であり、労働者の天国とされていた。したがって私は合弁会社設立当初、強い労働攻勢があることを想定し警戒していた。ことに労働組合の結成については躊躇していた。ところが合弁会社設立後しばらくして、中国側が労働組合を作ることを当然のように主張し、なおかつ労働組合の委員長を董事(日本の取締役に当たる)に加えることを申し出てきた。彼らの説明によれば、労働組合が経営者側と共同歩調をとり、経営を側面援助するというのである。その主張に最初は面食らったが、じっくり聞いているうちに、どうも自分の既成概念がまちがっているのではないかと思うようになり、彼らの意見に同調してみることにした。

 その結果、地元の共産党員で国営工場に永年勤続していた壮年男性社員が労働組合委員長となり、董事として経営メンバーの中に入った。その後、驚くなかれ、彼は経営者側の一員として労務紛争のすべてをうまく処理してくれた。私はたいへん助かった。当初から中国側が主張していた通りに、労働組合は経営者の味方だった。以後私は、中国でたくさんの合弁・独資会社を作ってきたが、すべてこの方式を取り、大きな労務紛争に巻き込まれることなく過ごすことができた。つまり共産主義中国なのに、労働組合が経営者の味方という珍妙な時代がかなり長く続いたのである。

 それでも中国では、労働者を解雇することは労働法の規定を守って正しく行おうとすると、なかなか困難だった。ところがその労働法にはおもしろい抜け道があった。有期雇用契約の反復適用という方法を取れば、事実上の解雇が簡単にできたのである。労働法上、雇用契約の繰り返しは自由だったので、たとえば3か月とか半年とかの短期の雇用契約をなんども繰り返して、都合が悪くなったときには契約満了を待って雇用関係を終了させればよいのであり、それは解雇と同様の機能を持っていた。この法規は経営者側にとってはたいへん便利であった。

 上記の2点を見るだけでも、中国は労働者の天国とうたっていたにもかかわらず、労働者にとってきわめて不利で、経営者側にたいへん有利だったのである。その意味ではかつての中国は、非共産主義国であり、もっとも資本主義的であったといえる。ちなみに日本の労働基準法では、有期雇用契約の反復適用については禁止されてはいないが、2度ほど繰り返すと、事実上の終身雇用とみなされ、解雇は困難となる。

 ところが2008年からの労働契約法の施行により、労働組合の地位が大きくかわり、労働者の利益を代表する組織として位置づけられた。昨年末、中国で労働組合を統括する中華全国総工会の幹部は、雇用契約について、企業の形態を問わず、「平等協議・集団契約」制度の全面導入を目指し、賃金の合理的な分配・見直しシステムの確立や、最低賃金の順守などに万全を期すとの方針を明らかにした。また政府は、企業の工会で幹部を務める従業員つまり労働組合の幹部が、労働契約法施行後、一転して企業側から邪魔者扱いされる可能性が出てくることを予測し、彼らを保護するために、わざわざ「企業工会主席合法権益保護暫行弁法」を打ち出した。

 さらに政府は、労働契約法施行後、労働紛争が多発することを見越して、「労働紛争調停・仲裁法」を5月1日に施行することを決定した。同法では仲裁費用の無料化が規定されているため、労働者側からの仲裁申し立てが急増することが予測されている。現状でも仲裁での労働者の勝訴率は80%以上であり、経営者側が圧倒的に不利であり、経営者にとっては今後苦難の道が予測される。

 さらに今回の労働契約法では有期雇用の反復適用が禁じられた。有期雇用は2回目までは許されるが、3回目からは労働者の要求があれば無期雇用契約を結ばなければならないと明記された。これで中国では、労働者の解雇がきわめて難しいものとなった。労働契約法によれば、不良従業員であっても解雇するには、会社に重大な損害を与えたか、業務を執行する能力が著しく劣っていることを証明しなければならず、それは容易なことではない。この結果、会社内には終身雇用に近い労働者があふれることになり、多くの会社がかつての国営会社のようになることが予想される。そしてそれらの会社は人件費の圧力で、経営がきわめて困難になるだろう。

 このように中国では資本主義国よりも経営者側に有利だった労働環境が、今年からの労働契約法によって、一挙に厳しくなってしまった。つまり中国では、共産主義の労働者天国に逆戻りしてしまったのである。

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≪労働契約法≫2007年6月29日成立:2008年1月1日施行
               ※(株)リサーチセンターから転載

第4条 (雇用単位の規則制度)
                  ※工会=労働組合 雇用単位=会社
 雇用単位は、法に基づき労働規則制度を確立して整備しなければならず、労働者が労働権利享有、労働義務履行を保障しなければならない。
 雇用単位が、労働報酬、労働時間、休息休暇、労働安全衛生、保険福祉、研修教育、労働規律及び労働定額管理などの直接労働者の切実な利益に関する規則制度又は重大事項を制定、修正又は決定する場合、従業員代表大会又は全従業員と討議して、提案及び意見を提出し、工会又は従業員代表と平等協議して決定する。
 規則制度及び重大事項決定実施過程において、工会又は従業員が不適当であると認識した場合、雇用単位に申し出る権利を有し、協議を通じて修正し整備する。
 雇用単位の労働者の切実な利益に関連する規則制度及び重大事項決定は、労働者に公示するか又は告知する。

第14条 (無期限労働契約)
 無期限労働契約とは、雇用単位と労働者とが契約終始日を約定しない労働契約を指す。
 雇用単位と労働者とは協議合意により無期限労働契約を締結することができる。以下の状況の一つに当たる場合、労働者が労働契約の継続同意、締結を要求した場合、労働者が期限付労働契約の締結を申し出る場合を除き、無期限労働契約を締結しなければならない。
(1)労働者が当該雇用単位にて既に連続勤務年数が満10年以上で
  ある場合
(2)雇用単位が初めて労働契約を実施するか又は国有企業改編に
  て新たに労働契約を締結する場合、労働者が当該雇用単位の連
  続勤務年数が満10年であり法定定年退職年齢まで10年未満で
  ある場合
(3)連続2回期限付労働契約を締結している場合であって、労働者が
  本法第39条及び第40条第1項、第2項に規定されている状況に
  ない場合で労働契約締結を継続する場合

第43条 (工会の役割)
    雇用単位が一方的に労働契約を解除する場合、事前に理由を工会に通知しなければならない。雇用単位が法律、行政法規の規定、又は労働契約の約定に違反している場合、工会は雇用単位に是正を要求する権利を有する。雇用単位は工会の意見を検討しなければならず、かつ処理結果を書面にて工会に通知しなければならない。

3.ねじれ現象を起こしている会社法と労働法

 現在、中国では、会社法においては資本主義に大きく近づき、労働法においては共産主義に大きくUターンするという、いわばねじれ現象が起きている。

 しかしながら、これは中国のみの問題ではなく、現代世界共通の現象であるともいえる。資本主義社会では大多数の人間が会社という組織に所属し生きている。ところがその会社の所有者は株主=資本家であり、その無責任な専横者としての立場は会社法の中で有限責任を保障されている。さらに会社内で人間は、資本家と労働者という階級に分化し敵対しており、強者である資本家の横暴を防止し、弱者である労働者を守るという名目で労働法が制定されている。つまり資本主義社会でも、資本主義の根幹をなす会社法と共産主義の落とし子である労働法が現存しており、ねじれ現象が起きているのである。

 歴史的に見れば、会社法は資本主義の勃興とともに、株主という資本家の利益を守るために成立してきた。株式会社は16Cに生まれたイギリスの東インド会社に起源を持つ。それはロンドンの商人グループが、今日の宇宙探査に匹敵するほどのリスクの高い東方との交易を目指し、そのための船団を送り出す事業に共同で投資することを目的とした組織であった。彼らは失敗を覚悟しており、そのリスクから逃れるために有限責任を明確にした。つまり株式会社はもともと無責任な人間の集団を守る仕組みとして始まったのである。その基本的な性格は今日に至るまでも変わっておらず、その思想をもとにして資本主義社会が発展してきた。

 一方、労働法は産業革命以降、資本家の横暴に対して、労働者の利益を守るために成立してきた。労働法はイギリスにおける工場法の成立にその起源を持つ。工場法は19C初頭のイギリスにおいて、児童および婦人労働者の保護を対象にして成立した。その背景としては、18C末の紡績工場を襲った原因不明の熱病の流行が、極端な長時間労働と栄養不良および劣悪な労働環境によるものであるとし、この労働関係の克服をめざして現れたものであり、経営とは関係なく労働者の利益を守るためにのみ成立したのである。その後、この労働法思想の延長線上に、資本家を打倒し労働者の権力を樹立しようとする共産主義思想が開花し、その思想のもとに20Cに入って多くの社会主義国家が成立した。しかしながらそれらの国家はほとんど破綻し、共産主義も過去の思想となった。

 その異なる起源を持ち、資本家を守る会社法と労働者を守る労働法が、歳月を経て、奇妙なことに現在、会社という組織の中で同居しているのである。かつて鄧小平が、中国は「社会主義市場経済」をめざすと叫んだとき、資本主義陣営の識者はその矛盾を笑った。しかしよくよく考えてみれば、日本を含む資本主義世界も「市場経済社会主義」と呼ぶにふさわしく、まさにそれは「目くそ鼻くそを笑う」の類である。上述したように、現代資本主義社会において、会社という組織はその社会の基礎構成要素であるにもかかわらず、根本的矛盾を抱え込んだ奇妙な組織だからである。

 幸か不幸か、日本は共産主義の洗礼を受けなかった。したがって会社内においては、当然のことながら資本主義思想が優先している。ところが中国は共産主義思想のもとに生まれた国家であるから、これまた当然のことながら、共産主義思想が優先していた。したがって中国には会社概念がなく、株主の有限責任の規定がなかった。ところが不思議なことに労働者の立場が保障されていなかった。しかしながら最近になってやっと、会社法が充実し、今回労働契約法が成立した。これで先進資本主義国と大きな差がなくなったが、同時に国家と会社内に大きな矛盾を抱え込んだことにもなる。

 現代の株式会社において、もっとも大きな問題は、資本家も労働者も法律において無責任を擁護されており、その結果、会社および社会が無責任な集団と化してしまっていることである。資本主義社会では、会社の主人公は株主であり、彼らは会社の経営にはまったく無責任であるにもかかわらず、その立場は法律で守られている。一方、資本主義社会には、会社の主人公は労働者であるとする思想も存在しており、労働者はいったん会社に雇われたら、労働法で保護され、よほどのことがない限り解雇されることがない。だから会社の経営には無責任であっても身は安泰であるし、会社が倒産しそうになっても、労働者には全財産をつぎ込んで会社を支える義務はなく、さっさとその会社を見限って次の職場へ移る権利を持っている。労働者は会社の経営に関して、悪事を働かない限り法律上の責任を問われることはない。このように株式会社というものは、無責任な資本家=株主と、これまた無責任な労働者の集団で構成されているということができる。それが社会の基礎を構成しているのだから、現代社会や国家、そして世界はきわめて不安定なものである。 

 現在、もっとも必要なことは、会社組織というものを再考し、資本主義の延長でもなく、ましてや共産主義の復権でもない、まったく新しい思想のもとに、すべての人間がしっかり責任を持つことを規定した新組織と新社会を構築することである。できうれば新興大国である中国には、あえてねじれ現象の悪しき資本主義社会の仲間入りするのではなく、新しい組織と社会の構築を目指して進んでもらいたいものである。