先週、中国の山東省のある県レベルの開発区事務所を訪ねて、びっくりした。そこの副主任と名刺交換を済ませ席に着くと、彼が開口一番、「今回の四川省の大地震では、日本からいろいろな援助をしていただき感謝しています」と話してきたからである。私は中国で20年間に渡って仕事をしてきたが、こんな経験は初めてだった。このように今回の四川省大地震に対する日本の対応は、中国政府の末端組織からも高く評価されているのである。自衛隊機のテント輸送や海上自衛隊の護衛艦の訪中についても、現地ではおおむね好意的に論評されている。今回はその一端を紹介する。
1.自衛隊機のテント輸送についても、日本政府の態度は好ましく評価されている。
①6/02の中国青年報では、この顛末を次のように論評している。
当初、日本政府は自衛隊機でテント輸送を準備したが、中国側から自衛隊機の使用を指定されていないことを考慮し、5/30に民間機輸送に切り替えた。これらの事情からは二つの面を考察することができる。
第1に、中日関係は大きく改善してきていた。“破氷”・“溶氷”・“迎春”及び“暖春”の4段階を経て、中日関係は正常発展の軌道に乗ってきていた。特に、四川省大地震発生後、日本政府の援助及び援助隊や医療隊派遣、各企業や民間の寄付など一連の行為は、中国人民から高い評価を受けている。ネット上などでも日本感謝の書き込みが多くなっている。ところが日本政府の関係部署はこの傾向を見て、自衛隊機でのテント輸送を楽観視し過ぎた。結果として、民間機に変更せざるを得なかった。
第2に、中日関係を完全な良好関係に導くには、まだ敏感な問題を捨象するわけにはいかない。歴史問題や台湾問題、東海問題および食品安全問題などもまだ解決していない。“戦略的互恵関係”の構成の努力はまだこれからである。中国人民の対日感情がよくなるにはまだ少し時間がかかる。今回、自衛隊機は中国へ来ることができなかった。その根本原因は中日間に歴史問題、つまり侵略戦争の暗い影が中国人民の心の中から完全に消されていなかったところにある。日の丸がついた自衛隊機を受け入れるまでには、まだ中国人民の感情は変化していない。ただし、我々がうれしく思い、同時にほっとしたのは、日本政府及び日本のマスコミが中日関係の現状を十分に認識して、理性的な対応をしてくれたことである。
②中評社香港の5/29によれば、中国人民大学国際関係学院:時殷宏教授は、下記のように語っている。
自衛隊機が中国に来ることは、とても大胆な行動である。これは中日関係の発展に積極的な作用になる。中国国内の世論は今回の行動に賛成しなければならない。
また中国人民大学東アジア問題研究所:黄大慧所長は、下記のように発言している。
自衛隊機が中国に来たとしても、それは救援物資の輸送のためである。すでに中国軍艦が日本を訪問しているわけであり、政府間協議の上で自衛隊機が中国に来てもよい。現在、大地震の救援活動がとても厳しい状況にあり、政治面の問題を強調し過ぎるのは救災にはよくない。また中日関係の健全な発展のためにもよくない。
2.海上自衛隊艦艇の訪中についても、今のところ(6/20)、ネット上などでも大きな反対は見当たらない。
時事速報:6/10付けによれば、中国軍高官は自衛隊機のテント輸送の日本政府対応を批判して、今月予定されている海自艦艇の訪中は延期すべきだとの考えを示した。また今回(自衛隊機をめぐる)騒ぎが収まるのに、一定の時間がかかる上、中国軍は現在、地震救援に全力を挙げており、日本の艦艇が訪中するのにふさわしい雰囲気ではないと指摘した。
時事速報:6/18付けによれば、防衛省は日中防衛交流のため24日に中国を訪問する海自護衛艦「さざなみ」に、四川省大地震の被災者救援物資を積み込むことを決めた。物資は海自が保有する毛布300枚と、非常用食料約2600食、絆創膏1万1500枚、マスク1500個。いずれも無償提供する。政府は自衛隊機でのテント輸送を見送った経緯を踏まえて、今回は日本側が防衛交流の枠組みの中で物資輸送を打診したのに対し、中国も受け入れる意向を示した。
中国の環球時報:6/18付けによれば、中国社会科学院日本研究所日本問題専門家の高洪氏は、「中国人民は歴史を忘れず直視しなければならないと同時に、歴史の悲しみを離れ、日本の護衛艦を受け入れることに自信と許容能力を持つべきだ」と語り、さらに「今回の日本の護衛艦の来中は、前世紀の日本軍艦の侵略とは根本的に違う。今回は中日両国の安全防備に関する交流であり、その目的は中日両国が共同で、両国と東南アジア地域の軍事的緊張に対抗するためである。ここでは“共同”の2字を特別に強調しなければならない。また歴史の繰り返しを防止し、子孫末裔に和平の環境を作り上げるためでもある」と続けている。
6/19~20にかけて、中国の各新聞紙はいっせいに、日本の海自護衛艦“さざなみ”が慰問品を載せて、19日午前に呉市から広東省の湛江港に向けて出航したと報じた。新華社は、「今回の海自護衛艦の訪中は、2007年の中国海軍駆逐艦「深セン号」訪日の答礼訪問であり、日本の自衛艦の初の訪中である。“さざなみ”の来中は中日防衛交流の重要な構成部分である。今回は240人の日本人将兵が乗っており、四川省大地震の被災者へのお見舞いとして毛布、マスク、缶詰などの慰問品も載せられている。“さざなみ”は24日に港に着き、5日間の停泊予定である。その期間中に中国海軍将兵との専門分野での交流や娯楽交流が行われる。また“さざなみ”は停泊中、一般市民にも開放される」と報じている。
これらの報道後でも、ネット上では極端な反日言動や非難は少なく、歓迎の声が多い現状である。
3.テント余談。
私は6月13日から17日の4日間、主に紅軍とチベット族の関係を調査するために、四川省の瀘定橋近辺を中心に、成都→雅安→天全→瀘定橋→康定→塔公→安順場→石棉→漢源→成都と駆け足で回ってきた。そしてその最後の漢源県で、奇妙な光景に出会った。この漢源県は、今回の大地震の地域とは成都を挟んでちょうど反対の南側の位置にあり、激震に見舞われたとはとても思えない地域である。多くの地震関係の情報の中にも、この地名は見あたらなかった。ところが現地に入ると、たくさんのブルーのテントが目に入ってきたのである。その一帯には倒壊した建物はほとんどなく、テントは健全な建物の庭や空き地に建てられていた。どうも倉庫代わりに使用されているようだった。贔屓目に見ても、余震対策用にしか見受けられなかった。
それらのテントは上部に「抗震救済」と大きな文字が印刷されており、一目で中国のものであるとわかった。もし海外からの支援テントだったら、車を降りてしっかり調べるところだったが、帰りをいそいでいたので、それはしなかったが、道路際だけでざっと数えても200張りはあった。
5/20の中国中央テレビによれば、テントは6月末までに90万張り必要とされ、その後200万、あるいは330万張り以上必要と報道された。6/04の中国商務省:張克寧局長は記者会見で、国内外の協力により現時点で79万張りが調達できているが、なお100万張りが不足していると発言している。
私は漢源県の現実を見て、本当にテントは330万張りも必要なのだろうかと疑問に思ったが、自衛隊機問題と同様、これが日中友好の礎となるのならば、これまたよしとするべきだと考え直した。